―御鱈河岸―

おんたらかし

落日の栄光 水野上雪絵の日常

通学バックを部屋の入口付近に置き、入って直ぐ左横にあるベッドへ急降下爆撃を加える。

〝バフッ〟

母が太陽光の下で洗濯し干してくれ布団の匂いが鼻孔で踊る。

私は布団へ埋もれ、そのまま目を瞑る。

永遠とも思える一瞬へ落ちて逝く。このまま何もせず一女学生として、高校生活を全うし雄々しく賢明な男性と所帯を持ったらどうだろう?

仕合せが良い人生であれば、それこそが女の幸せというものなのではないだろうか?

頭を振るう。駄目だ全く以て言語道断である。

それはただの水野上雪絵であれば、それでも良かろう。

しかし、至極残念な事に私はただの水野上雪絵ではないのだ。

銃殺を以て終劇したはずだが、超地球的存在の戯れで、再度上演される事になり、例の力を付与されたこの身とあっては、やはり観客を沸かせてやらねばならぬものだろう。

幸い魔女という悪役が出て来たくれたおかげで、この現世の劇も面白く演じれそうではあるが、我らとあやつが対峙していた時、他の者達の姿が消えていたがあれは何故だ?

また超地球的存在の児戯か、それとも魔女の力なのか?

どちらにせよ楽しめそうではあるな。

それより目下の悩みの種は、学校での恋愛模様である。

教室に入ってクラスメートへ挨拶を交わし、教室左後ろに居る、つまり私の席の隣席から、こちらへ視線を送っている美少女が開口一番詰問してきた。

どうやら先日の街へ竹林と出掛けた事が誰かに見られていて、それをどこからか聞き知った美巳華が不貞腐れた顔で、

「竹林君とはどうなのよ!」

美巳華の気分を害しているようだが、私と竹林は美巳華が思うような間柄では無い。それより最近彼と上手く行って無いのが大きな要因だろう。

「竹林君はただの同志よ」

美巳華は辟易した表情と仕草をわざとらしく作った。

「またそれ~。じゃ友人という事で良いのね」

「そう捉えてくれたら分り易いと思うわ」

「へ~」

疑いの目が刺さって来るがそれ以上説明しようが無いのが事実だ。

お互いが何かを言おうとした時、ショートホームルームの始まりを知らせるチャイムが鳴り、それを待って居たかの様に担任の教師が音と同時に教室へ入って来る。

その後、美巳華と私の間では休憩時間になる度に、その話が浮上し最終的に着地させたのは午後一の授業の後であった。

そういえば、以前も男の同志を何人か集めている時こういう事があったなと思いだした。こちらとしては、私を守ってくれる強靭な肉体を持つ若い同志が欲しかったので、彼を誘ったのであったのだが、年頃の女子である美巳華にはどうしても、それが恋愛のあーだ、こーだ、そーだ。に映る様だ。

こういう事がある度に毎回説明している気がするのだが……

自室に戻ると、どっと疲れが波のように押し寄せて来る、まるで力を発動させた後みたく。

ベッドに仰向けになりラインを同志達へ送っていく。

ほとんどは学校生活での愚痴や相談事であったが、その中に気に為る返信があった。

 

魔女が現れたらしい。

けれど不思議な事にその姿を認識出来たのは、同志だけであったらしい。周囲の民衆達は何も気にも留めず、そこに魔女が存在して無いような様子らしい。私が出くわした時と同じ状態だ。

私は魔女の様子が気に為るので、その同志に偵察行動へ移るよう指示を出した。

その同志にとっては、初の任務らしい任務と呼ぶに相応しい物だったので嬉々として返信が返って来たが、私は十分注意する様促した。その直後、その同志からライン通話が来た。

 

「四又の槍を持った魔女が、黒い双頭の猛犬を従えて学園中央公園から出て来ます。猛犬が突如前を歩いているサラリーマンの腕へ噛みつきました」

興奮が隠し切れず、声が所々1オクターブ上がったりしている。

「どうなったの?」

「噛まれた瞬間サラリーマンの腕に、商業ビルの看板が落下して来て切断されました」

魔女の取った行動がこちらの世界へと接続されていて、結果をもたらしている。

激しい鼓動が聞えて来そうな程の、恐慌状態での絶叫が通話越しに聞えて来る。

「ああああ、魔女と目が合いましたたたたた。いいい犬ぬぬに何んんか指示ぃぃを出していぃぃぃぃぃぃ痛いぃぃぃぃぃ」

「同志平泉返事をして!」

やはり駄目だ。私の力ある声で相手の意識を操れるのは、直接にその声を聞かせないと駄目らしい。スマホの様に声が一度変換されていては、効果が全く無い様だ。

スマホ越しに犬が何か分厚い肉を喰らっている音と、死に逝く者の最期の絶叫が重なる。

平泉には悪いが、魔女の行動の結果が我々には直接圧し掛かって来る事が確定した。これは大いなる収穫だ。

犬が何か匂いを嗅いでいる音が強まる。

次の瞬間

「またお前か。どこでこの私の声を聞いて意るのかしらんが、次は前回みたいには為らんぞ。こうしてお前の子飼いの者を私の駄犬は喰らったからな。次に相見える時は、お前が泣き叫び、懇願する時になろうぞ」

私は怒気を含んで発した。

「貴様如き蛮民は、その駄犬諸共、私の番犬の餌食になって仕舞え!」

「ふしししししししししそんな可愛らしい声で啼かれても、ちっとも現実味が無かろうに、その可愛しい声と容姿が醜く成り果てるまで、弄んで揚げまし」

怒りに任せてスマホの通話を切った。精一杯の力をスマホに込めたが、ディスプレイにひび一つ入る事無く、私の怒りは行き場を失っている。どんなに腕に力を込めても、今の私はただの否、同級の女子達の中でも極めて貧弱な体躯しか有りやし無いので、それが一層惨めさを拡張していく。

 しかし、だからこそ、この容姿を使って同志を増やして行かねばならぬ。魔女なんて悪夢一刻も早く醒まして見せよう。

 何処かに飢えた狼みたいな奴は居ないものか。

硝子玉の世界  序説+1話

この世界は3本しか脚がない極めて不安定な造りのテイヴルであり、そのテイヴルの脚は常に貪欲な鼠どもの切歯によって齧られ続けて、もはや3本の脚の一本は崩落の一途を辿るのみである

けれどそのことは、あくまでテイヴルを主にした考え方であり、鼠どもの考え方で言えば。

この世界は食料が無尽蔵にある      とこしえの花薗のような穏やかで過ごしやすく居心地が良い場所だと残念ながら錯覚をしていた

 

テイヴルはまもなく支えを失って何処ぞへ転がり墜ちていくだろう。勿論、鼠たちも一蓮托生でありその結末は…

 

 

昔ある暇な代書屋が言っていた。

「俺のところにお客が来ないのは、俺の字が汚いからでなく周りが美男美女しかいなく手紙を送る必要がないからではないのだろうか?」

 

この暇な代書屋の教訓は、教訓が無いことが教訓であると云われている。

いつもいつも先人の言動に頼っても仕方ない、世の中は常に更新されているので自分たちで少しは考えないといけないこともある

 

そうこれからお話するある男の話も、彼がどうにかするしか先には進めず下手を打てば堂々巡りになる恐れすらある、そんな場合先人の言動など実際、消しゴム付鉛筆の消しゴムぐらいの役にしか立たない。

 

さぁ。お話が始まりますよ

クリック?

クラック!

 

 

 

四方を紺碧なる海に堅められ、内を獰惑なる杜で蔽われた八百万の神が住まうと謂われている摩訶不思議な国、日本。

この国には昼(ちゅう)鵺(や)、宙屋(ちゅうや)を問わず無作法に、魔蟇魍魎なモノが巣食っていた。

 

しかし、魔蟇魍魎なるモノ達は、時が移ろい人が移ろう度に姿を逓減するように惨めに哀れにときに担がれ変化していった。

つまり彼らにとって人間とは、何とも利己的で理解不能で変幻自在に自分たちのスタイルを変えれる不思議傲慢な本能の生き物であるようで、

そもそも、はじめに居たのは彼ら魔蟇なるものとその眷属であり、人間なんて生き物は彼らが〝浮きの眠り〟に就いている間に勝手に猿から変化し、いつのまにやらそこら中に繁茂していたのである。

それが今日では、この地上の覇者まで昇り詰められてしまったのだ。

 

そこで魔蟇なるものたちは考えた

如何にして彼ら人間の数を間引いていくかを…

 

 

 

第1 春香の時候

 

 

悲哀に満ち啾啾とした音色が耳元で、否。

耳の内側から聞こえてくる。

その音色には、色色な自然の音が十重二十重(とえはたえ)となっている。

中でも木の枝と枝が擦れあう音と、多量に敷き詰めあい重なりあった枯れ落ち葉が一斉に舞い上がる音が他の音よりも大きく聞こえてくる。

その中での音を拾い集めていくと、何やら奇妙な音が混じっていることに気が付く。

その音は、動物の鳴き声にしては鳴いていなく、どちらかといえば普段生活していてよく耳にするような音である。

かといって生活音かといえばそうではなく。

どちらかという、もっと頻繁に聞くような周波数の音のようである。

 

目を閉じ、両手を耳に当て耳を両手で畳み、音に集中してみると、その正体がジワリジワリと露わになっていくのが解る。

 

「……ッッッッッ…_>>ゥゥゥ……」

何やら、獣とかの声?とは少し違い…

 

「……ぉぅま……#####ぉぁ…」

先程より、より鮮明に聞こえてくるのがわかる。

もっとよく聞こうと思い耳を凝らしてみると…

 

「おまえは…わたしのぉこぁえが…きぃこぉえるのぉか…」

 

 

そう云われると同時に、目の前の光景が反転し、流転し、突然広く暗い山と、どんよりとした黒色に不自然なまでの朱い絵の具を不気味に混ぜたような空が現われた。

そこで彼、奥田正樹は気を取り戻した。

夢から醒めた彼は、両脇の汗と顔一面に溢れ出ていた汗を流すため洗面台へ向かった。

向かった先で彼は洗面所の様子が、どこかいつもと違う気がした。どこが違うのかといわれると形容しがたいが、何かがどこかおかしいのだ。

この違和感がとても気になりだした奥田は、眠気眼を擦りつつ辺りを見渡した。

すると、どこがおかしかったのかやっと気が付いた。

洗面所の見た目自体は何も変わっている様子はないが、どこからか雨の雑木林や森で発される、あの一種独特な鼻を刺す臭いががしてくるのが分かった。

気になりその臭いの発生元、つまり臭いがしてくる方を辿っていくとどうやら風呂場に行き当たった。

ついに臭いの発生源を突き止めた奥田は、風呂場のガラス扉を横に流し開け中へ入ろうとした。すると不思議なことに先程までしていた臭いが消えて去り、その代わり風呂場の洗い場に様様な、山の木木の枝から抜け落ちた無数の枯れ葉が堆積していた。

その枯れ葉を捨てようと、手を枯れ葉に向けると、

一瞬異様な光景が目に飛び込んだ。

不自然に排水溝の周りだけ枯れ葉が無いのである。

あたかも誰かが先にそこだけ掃除してくれたかの様に…

しかし、奥田は現在故郷の実家を離れ、瀬戸内海側にある地方都市の大学に通っていて、その大学の近所に安アパートを借りて独り暮らしをしているのだ。

だから、誰も部屋を掃除してくれる人など居ないはずなのだが?

暫く不思議そうに排水溝を見つめていると、排水溝がいつもよりも黒い気がした。

変哲なることだと思い、目を凝らしもっと近づいて見ると、

排水溝のなかから、〝ぶしゅぶしゅ〟と云う異様な音を立て合いながら這い上がってきている夥しい数の蟲と蟲と蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲

それらが蠢きながら今こちらへ、否。

奥田へ向かって流れ込もうとしている。

 

奥田は一刻も早くこの場から逃げ出そうと思い、枯れ葉を踏み払いながらガラス扉を開けようとした。

 

その刹那。

 

無数の枯れ葉の中から触手に近い形をした白磁の手が、重なり合い互いを千切り合いながら襲って来た。そしてその白磁の触手は奥田の手と足と首と両脇を掴み蠢き這わせ、枯れ葉の中へ引きずり込まれる形で奥田は墜ちていった……