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―御鱈河岸―

おんたらかし

もぐら少女

思った事を口にする不自由と 思った事を心に秘める自由の狭間で 綿毛の様に揺れる私は、根っこが無い変わりに花も無い。

私が空を飛ぶ時は 機械の背中でじっと座って待つ方法と 落ちるしかない数秒の空中散歩の二種類しかない どっちも飛んでいるようで、飛ばされているだけだと きっと誰も気付いていない。

飛びたいと思う気持ちと飛ばされてる現状は テロが起きても、カラマーゾフが売れても、私が私を捨てたとしても 何があってもリンクする事はないと思う。

私が空を飛んだと思う時は、きっと誰もが 『ねぇ、あの人空飛んでるよ。』って指さすくらいに鮮明で 笑った顔が少し寂しい夏の終わりがちょうどいい。

私は飛ぶよ? テロが起きなくても、カラマーゾフが売れなくても、私が私のままでいても それでも、私は空を飛ぶ。

私がそれを望んでいるのだから 私は飛べると思う。

初めての希望が叶わない世界だとしたら 私がもし空を飛べないのだと決まってしまったら 私はもぐらになって、目が見えなくなっても良いと本気でそう思う。

空から土の中ではなくて 私が居る場所がなくなったから、だから土の中にいこうと思う 目が見えなくても、空が飛べなくても 土の中で私は私を認めてあげて、愛してあげようと思う。

もぐらになった私を、私だけが私を探せる世界の中で 一生をかけて慰めてあげたいと思う。

私は私と一緒に、空を飛ぶ事を忘れられないだろうから。

思ったことを口にする自由と 思ったことを心に秘める不自由の狭間で 鉄の様に固まる私は、錆びない変わりに以外にもろい 空を見つめる私の目は自由だろうか不自由だろうか。

牢の中の二人

ある時不意に自我が覚醒すると、鉄格子と壁で覆われた部屋の中に幽閉されているようであった。

物や言葉の記憶は憶えていれど、自分に対しての情報がスッポリと抜け落ちている。つまり、ここに居る私という存在は、自身の歴史が今からさも始まろうとしているが、それ以外の記憶はどういう理由か、最初からある程度入った状態で存在している。

現に先程認識出来たように、〝鉄格子〟であるとか〝壁〟であるとか知識としてどうやら私は知っているようだ。

ただこれらをどこで仕入れた情報なのかが、皆目見当つかないのである。

けれど、不思議と錯乱状態にはならないのである。

恐怖とは、無知と不安から来るらしいがその感情は湧き起こらない。

ただ、ここが一体どこで、私は誰なのか、その事を知りたいという欲求はある。

嵌め殺しの窓から外を見ると満月が貌を覗かしている。

反対に目をやると、鉄格子の向こう側は通路になっているが、その先はコンクリの剥き出しの壁があるだけだ。もう一度部屋の中を見渡す、すると部屋の隅で香が焚かれていて甘い麝香が部屋を充満している。睡魔に襲われ…

 

 

目が醒める、ここはどうやら牢獄らしい、辺りは静寂に包まれており、私以外誰も居ないようだ。だか、鉄格子の向こうには通路がありその向こうは壁だが、通路は左右に広がりを見せているので、もしこの部屋に両隣が存在していると誰が居るかもしれない。

試しに壁を叩いてみる。すると、反対側から壁を叩く音が聞えて来た。

「誰か居るのか?」

しゃがれた声で男が返してきた。

「ああ」

心臓が跳ね上がる。

「此処は何処何だ?」

「大島県の南東部にある拘置所だ」

「そんなとこに何で私は居るのだ?」

男は不思議そうに、

「それはお前が罪を犯したからだろ」

薄々気付いていたが、他人の口から直接言われてみると、ドキリとする物がやはり有る。

「ということはお前も?」

「当たり前だろ」

嫌な沈黙が流れる。

「私は一体何をしたんだ?」

男は可笑しそうに言い放った。

「男を刺したらしいぜ、しかも滅多刺しにして、相当憎かったんだろ?」

「全く記憶に無い、それどころか、実は自分の名前も分からないんだ…」

「お前を連れてきた奴が、お前のこと、木村と呼んでいたな。さては記憶障害を理由に刑を逃れる気か?」

急に眩暈がする。視界がぼやけ座っている事も困難になっていく。

まるで、パソコンが性質の悪いウイルスに罹りシャットダウンしていく様に。

 

 

重い瞼をゆっくりと開ける。壁からしゃがれた男の声がする。

「記憶は戻ったのか?」

「全くダメだ」

「そうか」

男が立ち上がる音がする。次にどこかの施錠が外れる音がする。

「やはり駄目だったか、催眠療法を試してみたが、白でも黒でもどっち付かず」

声の主は鉄格子の向こう、つまり通路に立ち私を睥睨している。

「木村さんよ。本当のところどう何だ?トイレで見つかった死体、お前が殺したのじゃないのか?」

「分かりません…」

刹那、自分の中で映像と映像が接続されたかの如く、頭の中で一枚絵が出来上がる。

「分かりません…」

「そうか」

男のしゃがれ声が狭い牢に残った。