―御鱈河岸―

おんたらかし

猫闇草

都会には猫が少ない、そんな事を思った事はないだろうか?

地方から引っ越して来た者からしたら、そんな気がしてならない。

勿論、地方に比べ、都会は持ち家率が少なくマンションが多いので、家猫に比べて部屋猫が多いという事もある。

しかし、本当にそれだけだろうか?

 

 

一匹の黒猫が歩いている。歩いているというよりは、闊歩していると言った方が適切かもしれない。

春先の心地良い風が、住宅街の1つ路地を入った、こんな裏路地まで吹き抜ける。そんな事、我関せずと言わんばかりに黒猫はゾイゾイと進む。

しばらくすると、ある大屋敷の壁にぶつかる。そこで、黒猫は立ち止まり、振り向きこちらを見た。

「さっきから何を見ているのだ」

黒猫の口は全く動かずに、声だけが響く。

「そこでこれを読んでいる君にだ」

物言わぬはずの黒猫は、物言わぬはずの口の辺りから文言を発す。

「ああ。あれだ。絶対安全領域からこちらを見て、一喜一憂し、または、追体験をし、楽ちんなレベル上げに励んでいるのだね」

黒猫は得意げに言葉を垂れる。

「僕がここに意る。君は何処かに居るだろう。そして君はその何処からか僕を認識している。じゃその反対は?」

猫の後ろで、電柱のポスターが揺れる。紙面では、流行のアイドルが斜めのポーズで決めている。どうやら握手会もあるようだ。

着信音が聞こえ、何処かの誰が話をしている。遠くでは、緊急車両のサイレンが鳴り響く。

「いつかの何処かで見た事のある様な風景、それは、ここでも在り、そこでも在る」

「そんな場所に僕らは意るんだ」

黒猫の存在が徐々にぼやける、それに同調したかの様に周囲の風景もぼやける。

そういえば、先程から耳が無音を意識してか、〝キーーン〟という音がずっと鳴り響いている気がする、まるでそれは、無音怪異域の中にでも入り込んでしまったかの様に。

次第に酷く眩暈がし、立っているのもやっとだ。

耳、目、の感覚が鋭敏化し過ぎて、逆に精神が鈍化していくようだ。

「こっちのみーずは、あーまいぞ♪そっちのみーずは… 

そう。もう少しで異化るよ」

不意に意識が戻る。そこには、黒猫なんて最初から居なかった様に、見覚えのある景色が広がりを魅せている。

ただ、1つ不安なのは、ここは本当にここなのだろうか?