―御鱈河岸―

おんたらかし

案山子の里にも星くらげ

代わり映えのない時間が過ぎていた。断片的というか、映画の総集編みたいなジャンプカット。

毎日退屈だとかもうすぐ夏だねと言いたいのではなくて、もっと短い区切りで欠陥品の砂時計のように記憶がさらさらと抜け落ちていく。

ほらさっきがもう失われている。危機感を持つべきだ。雨が降っていて、磨りガラス越しになんじゃもんじゃの白花と隣家の側壁が赤く染まっている。

それなのに印象はグレイなの。時間がぎっちりとつまっていて、すり切れたところに熱がたまる。パッと火花が散って、記憶が焼き付いた数秒が今日の思い出。残像が目の奥に残る、きっとそれがグレイで目の前を染めていくんだろうな。

 

さて、何が言いたいかというとお腹が減ったということ。

ロマンスも情緒もセンチメンタリスムもこうなるともう駄目で。連れ合いとして失格で。怠惰の情と唐揚げ食べたいごま塩ご飯肌寒い洗濯しなきゃ塩鯖が食べたいとか。

散漫!!

 

洗面所に立って鏡をのぞきこむと、目の下にびったりとクマがはりついている。胸を張ったカラスガイ。ああどぶくさい顔。寝間着に不格好な藤色のカーディガンを羽織ると、玄関脇に置いた笊から小銭を拳いっぱいつかみ取る。

「ひぃ、ふぅ、みぃ、よー、いつ、むー」

口ずさむけれども。同じ硬貨ではないわけだから「185円、235円、237円」数を数えたって仕方がないわけで、飛び石を抜けると右のポッケに200円。左のポッケに端数42円となった。

外食するには頼りにならない御銭である。汁物くらいは注文出来るけれど、僕にだって見栄はあるからあまりじゃらじゃらと小銭を一度に出したくはない。

 

頬には無精のひげが生えている。赤茶色くさい手のひらで頬をなぜながら、今更に雨が降っていることを思い出した。霧雨を全身に受けながら濡れるにはやさしくて、藤色をまとった花のお化け列車だ。街路には小石が散らばる。つっかけの中に飛び込んでくるから、踊るようにドンツキまできた。

 

板塀は左右に広がる。さて、と立ち止まって右なら朝から酒を飲む日。リアカーに野菜を積んだほっかむりのばあさんが見える。左は下り坂になっていて、今宮のあたりまで行くと焼いた餅が食える。温かいほうじ茶も入れてくれる。庇から雨だれが落ちて、小さな世界を見るのもいいが――新聞紙から水菜の頭が飛び出させた顔見知りが、会釈をして僕の前を通り過ぎる。

「みょうがはありましたか」

「まん丸越えたのがとれたのですって。道具屋さんの親指くらいありましたよ。あとはこれ」そういうと、小鍋のふたを取って見せてくれた。「もういくらもなさそうでしたよ」

 

「ばあさん!すぐに戻りますから、僕にも半丁置いておいてくださいね!」

腹の虫かつっかけか大きな鈴が頭の中でガラガラと音を立てていた。