―御鱈河岸―

おんたらかし

坂闇草

「3丁目の学園坂でまた消えたらしいよ」

隣を歩く少女は、自転車を押しつつ目前の坂を指さす。

「それってこの坂だよね…」

「そうそう。今月だけでも5人目。共通するのは、全て夕方に起きた事らしいよ」

そういうと、2人の少女は押していた自転車を止めた。

件の坂は、人がどうにか擦れ違える程度の幅と、坂下からは坂上の人をどうにか視認できる程度の長さを有した急勾配な坂であった。

「それにしても、消えた人達はどこに行ってしまったんだろうね…」

「それを知るために、今日この時間にここに来たんじゃない」

そういうと、彼女は携帯電話を開き時刻を確認する。

「17時48分。時季も時季だし、だいぶ日が落ちてきているね」

9月も半ばを過ぎ、制服にカーディガンを一枚羽織った身では少し寒いのか、少女は少し震え、手を交差させ二の腕を温め傍らの少女に懇願した。

「ねぇ咲。やっぱやめようよ」

すると、どこか楽しそうな小悪魔的口調で少女に尋ねる。

「え~。だって気になるじゃん。舞は気にならないの?」

「…気にはなるけど、怖いよ」

少女の震えは寒さ以外からも来ているようだ。それを一瞥すると、

「じゃ私一人で行く。舞はもう帰って良いよ」

「咲も帰ろうよ。絶対なんか起きるよ。だって4組の浅見君も先週から学校来てないらしいんだよ」

咲はその名が出た瞬間、素っ気なく返事だけをした。

「そだね」

それに比べ舞は、何かを吐き出したいかのように言葉の濁流が続く。

「4組の友達に聞いた話だと浅見君、仲の良かった友達と、この坂へ一緒に行く約束をしていたんだって。でも当日になってその友達、用事ができたと断りの連絡を入れて行かなかったんだって。そうしたら、浅見君と連絡がそれ以降取れなくなって…」

「もう良いよ!私は行くからね!」

そういうと咲は、強い力で何かに押されているかのように自転車を押し始めた。

「待って!絶対危ないよ。私は本当に帰るからね!」

坂を上っていく少女とは反対に、少女は弱弱しく自転車を来た道へと転換させ、後ろで上っていく友達を見ようと振り向くが、そこに上って行っているはずの友達の姿はどこにも見当たらなかった。

舞は不安になり、咲の携帯電話に掛けてみるが反応がない。

訝しく思い携帯の電波を見るが、アンテナは3本しっかりと立っていた。

辺りは急に黒い緞帳を下したかのように、暗闇が支配し、最早完全に、この場所が人間の住処ではなくなり、蟇魔なるモノ達の住処に成り下がっているかのようだ。

その刹那、不意に携帯電話の着信音が鳴る。画面を開くと咲と表示されている。

「咲どこにいるの?」

「…居たよ、浅見君…」

咲の声は嬉しげだが、どこか恐怖も内包しているかのようにおどろおどろしくもある。

「咲!駄目だって!そこから早く離れないと!」

言い知れぬ恐怖が舞の全身に覆い被さって来る。

「…だって浅見君が私を…てくれているんだよ…」

恐怖と醜い恍惚が混じり合ったような声が漏れる。

「ふっふふふふ。なーんだこれで良いんだ」

そこで通話は途切れた。

失った少女は、携帯電話を鬱蒼とした雑木林に投げ捨てた。