―御鱈河岸―

おんたらかし

三枝千佳月が死んだ その3

真夏の熱射線が肌を痛めつける。

たしか数年前までは冷夏だったので、過ごし易い夏日だったけど今年の夏は気が滅入るぐらいに過ごしづらい。そんな真夏日のなか、今日も僕は千佳月の居る郊外の病院へ行くため自転車を必死に漕ぎ、このひどく長い坂道を頭の中が焼け焦げそうになりながらなんとか前進している。

やっとの思いで、坂を上りきり白亜の建物へと入っていく。

入っていくと1階のエントランスホールで、千佳月の病室の近くにあるナースルームでよく見かけるナースさんに。

 「××クン。また今日も彼女に逢いにきたのね♪」

 「はいそうなんですよ。僕が来ないと千佳月が寂しがるのでしょうがないですよね。ほんと」

 軽く嘯いてみた。するとナースさんは何を思ったか。

 

「君達、仲良いね。大人になったら仲が良い友達なんて作れなくなるのだから大切にしなよ」

そんなことを聞かされた。もっともだと思う。

そのあと僕はナースさんに軽く会釈をして、千佳月の居る病室へ駆け込んだ。

 

部屋に入ると、ベルリオーズ幻想交響曲が静かに流れていた。

しかし、部屋に本来居るはずの、この部屋の主が居ない。

小さな部屋の隅々まで探してみたが、千佳月はやっぱり居なかった。

もしかしたら、屋上に居るのかと思い、急いで廊下に出て、屋上への階段を駆け上った。

すると、屋上の入り口のドアが少し開いている。

 千佳月がいるのか?

 勢いよくドアを開けると。

そこには、屋上のベンチに独り座っている小柄で華奢な体躯に漆黒の髪を貼り付けたようななんとも身体描写簡単な可愛らしい子が空をぼんやり見上げていた。

 千佳月だ。

 僕は千佳月に近づいて、静かな声で話しかけた。

「お嬢様、そろそろ乗馬のお時間ですよ」

僕の声に気が付いた彼女は、こちらを向いて。

「なんだ。君か」

 愛想というものを多大に抜け落としたような声が聞こえてきた。

 その声の主に僕はまた。

「お嬢様、直射日光はお体に毒ですので室内に入られた方がよろしいのではないのでしょうか?」

僕の馬鹿丁寧な喋り方に千佳月は少しムッとしたのか、それとも呆れたのか?

「そんなめんどくさい喋り方よしなよ」

「ああ、僕もそろそろネタ切れだったので、いつ元の口調に戻そうか往生していたところだよ」

「そう」

 千佳月はそう言うと、眠たそうに目を手の甲で擦り、呟いた。

「天国ってあるのかな?」

なんとも抽象的な話題なものだ。

僕は余り哲学とか思想とかああいった系統の物は読まないので返答に困った。

困った顔で空を見上げていると、いい加減な言葉を吐くことにした。

「天国っていうぐらいだから、空の上にあるんじゃないかな?」

「空の上か。そう思うと遠いね」

 千佳月は、そう言うと僕と同じように空を見上げた。