―御鱈河岸―

おんたらかし

超地球的存在~或いは大手町六郎の怠惰な一日~

怠惰であった。

大手町六郎は怠惰であった。夏休みの宿題は最終日にやり始めるタイプであったし、大学の卒論は最終提出期限が過ぎ、やっと重い腰を上げゼミの指導者の所へ赴き、直談判し、なんとかでっち上げる。そんな男であった。

「うっく。平日の昼まっから呑むビールは最高だな♪」

コンビニで先程買って来たビールを勢いよく呑み干し、二本目に手を掛けようとした時、それは起こった。

目の前の横断歩道を一人の園児が渡っている、刹那、横から自動車が信号無視よろしく、園児に突っ込みそうになる。

「危っぶねぇ!」

六郎はとっさに園児のもとへ駆けつけタックルをかます。ビリヤードで自球に当たった的球の様に園児は吹っ飛びガードレールへとぶつかり、その場で倒れた。一方は、自動車に轢かれ血やら臓物やら脳漿やらを周囲に撒き散らし痙攣し、勿論ビールも撒き散らし、天に召した。

 

「大手町六郎前へ」

心の深まで侵入して来る様な、なんとも押しつけがましく、どこか神秘的な声が聞えて来る。

「ここはどこだ?」

辺りを見渡すと、するとそこは、狭く酷く埃っぽい部屋であり、部屋の真ん中にある机の上には、一つネームプレートがあり〝社史編纂室室長〟とだけ。

「聞えて無いのか?もう一度言う、大手町六郎前へ」

声と役職が全く一致しない気持ち悪さを抱かされつつ、声の方を見る。頭にバーコード禿を作った、黒縁メガネの中年のおっさんが苦虫を潰した様な顔をしていた。

「おっさん…誰?」

「貴様。この私に、おっさんだと…」

正体不明のおっさんは、俺を睨み、少し考え込む。

「分かった。百歩譲っておっさんだとしよう」

「いや譲らなくてもおっさんはおっさんだろ」

「まあいい。貴様がここに来た理由だがな、そこの新井式回転抽選器を一回まわせ」

おっさんが指示した方を見ると、突如としてよく商店街のくじ引き等で見かける回すタイプの抽選機が現れた。これってそんな名前なんだな。

「何でそんな事しないといけねぇんだ?」

おっさんは俺を訝しそうに睨み見て。

「貴様は死んだんだぞ。ついで言うとあの子も死んだぞ」

「は?」

「本来なら貴様は、最低あとが五十年は生きれていたものを、無駄死にしおって」

六郎は乾いた笑いを一つ零し。

「無駄死にか…柄にも無い事はするもんじゃないな」

そんな呟きを聞き、目前のおっさんは俺に諭す様に言った。

「そうとも限らんぞ、この抽選器滅多な事ではないと廻せんからな」

「そもそもこれ何なんだ?」

「万物転生くじ。我らハシシキ人が戯れで造った装置だ。そもそもたかだか地球人如きがこの部屋に入れる事は稀で、その上この抽選器を廻せるなんぞ、ユダヤの王ですら飛び跳ねて喜ぶもんだぞ」

「じゃなんで、そんな大層なもんを俺は廻せるんだ?」

おっさんは薄ら笑を浮かべながら

「戯れだ」

「…」

「で、貴様はこれを廻すのか?」

「ちょっと待ってくれ、くじという事は良いのもあれば悪いのもあるんだよな?」

おっさんは少し残念そうな顔を何故かした。そして、定食屋の壁に貼ってある、お品書きを読んでいるかの如く平坦に当選くじを伝える。

「ざっと言うと貴様の場合。四等は人間、三等はイルカ、二等はネズミだ。縁日のくじの一等と一緒でまぁほぼ出ないが、一等は期間地域能力限定の超地球的存在だ」

「…突っ込みたいところ色々あるが、一番最後の何だ?」

「神、所謂ゴッドだ。貴様達の国のネットにたまに現れる奴ではなく、モノホンの神だ」

バーコード禿が冗談のテンコ盛り丼の様な事を言う。

「貴様全く信じておらんな。だから貴様達はイルカ以下なんだがな」

先程から気付いていたが、この部屋の雰囲気、全く似ても似つかないが、どこか神社の境内に居る様な気にさせられる…

「分かった、そいつをひと廻しさせてもらおう」

室長は少し笑みを浮かべ、

「そうか。じゃやってみろ」

刹那、頭の中からポールモーリアのオリーブの首飾りが響いて来た。ひどくやかましい。

「室長さん止めて貰えませんか、これ」

「粋な演出だろ。地球人には理解出来ないか…」

勢い良く取っ手の部分を廻す。すると鈍色の玉がポロリと出て来た。

それを見る室長の顔は、どこか、真昼の幽霊を見たかの様に、呆気に捕らわれている。予想は付くが。

「これは何等ですか?」

「……一等だ。貴様何かしたか?」

「何も」

「そうだろうな。仕方ない、今日から貴様は日本国の限定神だ。ただし、一ヶ月間限定のな」

「で、俺は何をすれば良いのですか?」

室長はしばし、沈黙し机の引き出しから一冊の小冊子を渡して来た。

「こうなってしまったからには、これを読め。ただ、地球人が一等を引き当てたのは二〇〇〇年ぶりだから、そこに書いている事が適切ではない事があると思うがな」

「では行って来い、せいぜい自分の運命を廻すんだな」

そう言うと、後ろのドアが自然と開き吸い込まれて行く。

〝ビョウビョウ〟と言う風啼き音が聞こえて来る、そして酷く眠たい。ここに来て、先程呑んだビールが効いて来たのだろうか?