デパートメント
枯葉の上を歩く、何億もの微生物を踏みつけながら理由もなく歩く。
途轍も無く長く思える遊歩道の上を滑るように流れる私の目には、男が二人と女が一人老人と老婆と男の子の生きている形を追う事だけで、この場所の在り方というものを理解出来ているものとして動き始める。
一人一人を値踏みするように、老人と老婆と男の子の事を眼で追っている。
老人と老婆と男の子、老人二人と男の子。
男の子もやがて老人になるのだろう、その頃老人二人は何になっているのだろうか。
男の子が老人にならないもしもと、老人が老人でありつづけるもしもの違いとは何なのだろう?
それは違うものなのだろうか?
老人はいつから老人なのだろうか?
老人として生まれてきたのではないのか?
そして、老人として在り続ける事が出来るのではないだろうか。
老人になるであろう男の子と、老人である老人が二人。
果たして何が違うのであろうか。
私は老人の側にいるのか、男の子の側にいるのか。
私は何処にいるのか、私は何処にいたのか。
この遊歩道を抜けた先にあるものは、老人としての枯葉の上。
枯葉の下には何億もの微生物が在り、私はそれを踏みつけてきたのだ。
もう戻れないであろう遊歩道の中には男の子が居た、男の子であったものも、女もいた。
私の目はそういったものを見て遊歩道を通り、通り過ぎ、私の目は通り過ぎていった微生物の上を。 振り返った先には遊歩道はある。
私がいない遊歩道だ、私がいた遊歩道だ。
枯葉の下には数億の微生物達が居て、私はそれらを踏みつけてここまできた。
枯葉を踏む音が聞こえる、誰かがまた此処に向かっているのだろう。 私。
うしろの女
時刻は深夜3時15分、草木も眠る丑三つ時、静まり返った無人の学校に足音が二つ。
「昼間と違ってやっぱり怖いな、夜の学校」
「けどこの時間しか無いて言ったのは、拓郎お前の方だろ」
「そりゃそうだけど…おい。今何か動かなかったか?」
右往左往とライトで所かまわず照らし廻す。
「お前の見間違いだろ?」
「そうか…それなら良いけど…」
少年二人の足音が職員室まで続き、そこで止まった。
職員室には鍵が掛かっていたが、とても安易なものだったので、ものの数分で開いた。
「じゃ早いとこ、明日の期末テストの問題用紙探そうや」
「そこはばっちりだ、どこに入れているか前に先生達が話しているのを聞いたから、だから俺が探して書き写している間、悠馬はそのライトで辺りを見張っといてくれよ」
悠馬と呼ばれた少年は少し嫌そうな顔をしたが、仕方なさそうに頷いた。
「まぁ誰か来たらこっちのライトで目眩ましして、その隙に逃げるぞ」
そういうと、悠馬はどこからか手に入れて来た軍払下げの高出力ライトを振った。
しばらくすると拓郎の歓喜に満ちた声が聞こえた。
「やった。あったぞ」
「じゃ早く書き写してくれよ」
「勿論だ」
互いの苦手教科の問題用紙を疾風の如き速さで書き殴っていく。思いの外時間は掛かり職員室の時計の針は4時を指している。あと数行で全て書き写し終わる、そんな時妙な事が起きた。
〝じじじじじじじじ゛じじじ゛じじじ゛じじじ゛〟
学内放送のスピーカーから音が漏れる。
放送が始まる前のあの音だ。
拓郎の指が止まる。二人はスピーカーの方を注視した。それを待っていたかの様にスピーカーから女の声が聞えて来る。
「ああああああそぼうううううううう」
瞬間的に悠馬は高出力ライトでスピーカーを照らそうとした、けれどその射線上に居た拓郎の顔に光が当たり拓郎は目を押さえる。
「てめえ何すんだよ!」
「ごめん」
拓郎のそばまで駆け寄り、その体を担ごうとする。
「何も見えねぇ」
なんとか拓郎を担ぎ職員室が出ようとする。
「みみみみみみつけた」
職員室の窓には、ボロボロの服を身に纏い、目だけ爛々とした髪の長い女がこちらを見ている。女は素手で職員室のガラスを破りこちら側へ入って来た。
「うわわわわわわ」
悠馬は声を震わせながらも必死にライトで女の目に当て様とする。
それをその女は、ゆらゆらと振り子の様に動き躱していく。今だ目が見えない拓郎は状況が分からず、ただ震えている。その振動が悠馬に伝わり自身の恐怖を何倍にも増幅されている気がする。
〝もとはといえば、こいつが悪いんだ。それに、確かに俺も悪いと思うけど、こいつを背負っていると絶対俺までやばくなる〟
その間も女はゆらゆらと動きながらもこちらへやって来る。
「おい!悠馬どうなってるんだ!」
「すまん」
拓郎という重荷をゆっくりとその場に下すと、悠馬は駿馬の如く逃げ去った。
うしろからは拓郎の絶叫と女の嬌笑が聞えていた。
翌日重い足取りで教室へ向かうと、そこにはクラスの生徒が八割がた着席していて、先生も何故かもう教壇に立っていた。
入って来た拓郎を一瞥すると。静かな声で話始めた。
「実は急な事なんだが、しばらくこのクラスの山田拓郎は学校を休むことになったんだ。昨日から原因不明の高熱と幻聴と幻視を患っているらしく学校に来れそうもないんだ」
悠馬はそれを聞いて身震いした。そして震える手で試験当日の何も無いはずの机の引き出しに手をやる。
〝クシャ〟という乾いた音がした。
それを掴みゆっくり出してみる。
そこには真っ赤な血で字が書かれてあった。
〝たのしいがんぐをありがとう またあそぼうね〟
「うわわわわわわわわわわわわわ」
悠馬の絶叫が教室に谺す。
そのうしろでは髪の長い少女が誰にも気付かれず笑った。